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ティラノサウルスによろしく

コーヒーとタバコの消費量が凄まじい

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コーヒーとタバコの消費量が凄まじい

ドンキホーテはどこ行ってもドンキホーテ

ういっす。
合宿の方も5日目になるわけですが、

俺運転センスなさすぎwwwwwwwwww

ということがわかりました。
学科の方はね、なんて言うですか、効果測定? 仮免の試験受けるための試験みたいなやつあるじゃないですか。あれは今日やったら一発で満点だったのですが、実技がクソ過ぎて笑っちゃいます。
私はね、リュックを背負って、手持ち鞄を持って電車に乗るじゃないですか、それで手持ち鞄の方を網棚に乗っけるわけですよ、そうするとかなりの確立で網棚に置いた鞄を忘れてしまうんですね。リュックを背負ってるもんだから安心しちゃうわけです。通学のときそれを一週間の内に三回ほどやってしまい、ああ俺は荷物二つ持ったら駄目な奴なんだわと気付いたわけです。
思うにね、こういう人間が一番運転に向いていないような気がします。注意力散漫というか、一つやったらもう一つの方は完全に忘れてしまうような人間が。昔っからそんなガキでした。小学校三年くらいのときだったか、授業参観の日、教室内で理科の実験を行ったことがあって、どんな実験かは忘れてしまったのだけど、たぶん面白かったんだろうね、授業が終わってからもいつまでもいつまでもその実験をしていたらしく、気付いたら帰りの会が終わっていて、家に帰ってから親父に激怒されるということがありました。後ろからランドセルぶん投げてやろうかと思ったってね。どうも私はひとつのことに集中してしまうと、完全に外界との交信を断ってしまう質らしく、この「らしく」ってのも結局ひとから聞いた事後報告であるから、自分ではそんなつもりないっていうか、わからないんだよな。まわりが見えていない奴って、まわりが見えていないってことすら感じないんだから。そんなんだから私は人から、とろいとか、マイペースとか、あなた絶対B型でしょとか、人の話を聞かないとか、なに考えてんのかわからないとか、天然だとかいわれてしまうのです。そのようなマイナス面を埋め合わせるために作り上げてしまったのがどうしようもない愛想笑いなんだから悲劇だよまったく。
ちょっと話が逸れてしまった。まあ運転ってのは基本さえ抑えればあとは慣れなわけだろ。わかるよ。歩くとき自分の脚運びを意識することなんて滅多無いし、ものを食べるとき自分の口の位置をいちいち確認して箸を使っているわけでもなく、自然にできているのもあれだろ、慣れだろ。わかってはいるけどなあ。これは教習に来てわかったことではないのだけど、私は一度に複数の問題に直面したとき、極度に焦る。そして思考が停止というか、ブロークンしてしまう。ショートしてしまう。ブロークンシンキング。わいはブロークンシンキング。そしてこの、てんやわんやな感覚及び状態が悪くない。新鮮で面白い。自分の手に収まらない感じが。面白いのだけど、あんまり面白がってもいられないのが現状で、今日なんか私の方はお花畑だったけれど、隣に座っている教官の焦りがひしひしと伝わってくる。向こうとしちゃ期間内に卒業してもらいたいはずだからね。なんかすいませんね要領悪くて、手前が焦れよバカって感じでしょうか。そしてまた逃走経路としての笑顔。いやんなっちゃうよォ。

私もこれで一応、人にものを教えるアルバイトをしていたことがあるので、なにかが出来るようになるにはかなりの個人差があるということはわかる。私の場合は水泳を教えていたけれど、たとえばバタ足で何ヶ月も躓く子は背面のバタ足でも同じく躓くし、クロールでも躓くし、背泳ぎでも躓く。こればっかりは仕方が無い。ただ、どの級でも躓いていた子が、なんとか四泳法を修了してしばらくしたら急にギアが入ったのかみるみる上達して、最終的に選手育成コースに入ったりするんだからわからない。だから私も三年後くらいには、ル・マンとかパリ・ダカとかに出場している可能性もある。鈴鹿サーキットのコーナーをグイグイ攻めている可能性もあるし、ラグナ・セカのコークスクリューを見蕩れるほどのハンドリングで下っている可能性も否定できない。

しかしおそらく、ラブライブを見ているようではだめなのだ。ジョジョをピンポンを見ながら尋常では無い量のコーヒーと煙草を消費しているようではだめなのだ。

ラブライブに西木野真姫という子が登場する。
そしてこの声優、棒である。
そしてラブライバー曰く、その棒がいいと言われていたり、言われていなかったりする。

参考:『ラブライブ』真姫ちゃんの声について語るスレ(まとめブログ)

私も、好みとかはさておいて、真姫の声は棒だと思う。のですが、この棒って表現どうなのでしょう。
棒。棒読みとか、棒読み演技の略だと思うのだけど、そもそも棒読みって言葉の範疇が怪しい感じがする。ネットとか見ていると、ええーこのキャラ棒って言うのー? ってなことがままある。

たとえばゼーガペインの守凪了子。担当声優は、キャラペディアが今年発表したアニメファンが選ぶ好きな声優女性部門で二位の水樹奈々にトリプルスコア近くの差をつけて一位をとっている、今をときめく花澤香菜。今期もパンパンに仕事入ってる超売れっ子の、声優としての初レギュラーらしい。
そしてこの守凪了子は、その演技から、守凪棒子などと呼ばれていたりするらしいのだけど、あの演技、棒なのでしょうか。むしろ「っぽい感」が出ていた気がするんだけどなあ。
ほかには謎の彼女Xの卜部さん、あれも各所で棒とか言われてたりするのだけど、あれだって「っぽい感」あったと思うんだけどなあ。
だいたい「っぽい感」ってなんだって話なんだけど、「っぽい感」は「っぽい感」なのよ。これを言葉で説明できないから難しい。実際、この「っぽい感」に当てはまる言葉が見つからないから、とりあえず「棒」って言葉を当てているようなひと、いてもいいんじゃないですか!
まあわかりやすく言えば「擦れていない」とか、「声優声優していない」とか、そんな言葉で濁すことは出来る。でも、そうとも違う。なにかある。だって、擦れて無くて声優声優していないなら、私だって演じられちゃうわけで。素人と声優の境界と言うか、そのあたりをうろうろしている声なんだよ。「っぽい感」。私は守凪の声も卜部さんの声もすごく好きだったんだけどね。だから宮崎駿が声優をあんまり使いたがらないのもよく分かるんだよね。よくそういったところを叩かれたりしているけど、私は少なくとも宮崎駿のキャスティングに於いてはどの作品も成功しているように思うよ。

とまあここまで書いておいてなんだけど、結局棒演技か否かなんて、個人の差ってのがかなりあるんだろうな。私は守凪も卜部さんも棒というよりは「っぽい感」として受容していたけど、あの演技を棒と捉える人もいますよってことなのか。もしくは、棒という言葉を肯定的に使用しているか。これが正解かな。じゃあもっと適切な言葉を考えようぜ。「っぽい感」以外で。

そういえば、町山智浩という映画評論家が、風立ちぬの堀越二郎役に庵野秀明を起用したことをべた褒めしていたね。べた褒めというか、あれは庵野みたいな人じゃなきゃ演じられないんだよと語っていた。
町山さんの友人の映画関係者は口を揃えて、風立ちぬの堀越二郎は私だと言っていた、ということを町山さんが言っていた。ラジオの中で。戦争という過酷な現実に直面してもなお、夢想をやめることができないという部分が、自分とだぶつくのだそうで。映画を撮るということはつまりそういうことだそうで。そして、堀越二郎というある種の夢想家に、庵野という夢想家をあてたのは大変によろしいというようなことを言っていた。ラジオの中で。あの、ぼーっと間の抜けた声は、庵野のような夢想家にしか出せないとのことだった。つまりこれが、「っぽい感」の正体なのかもしれない。或は「っぽい感」の正体に近いのかもしれない。

町山さんは、このまえここにも書いた「地獄でなぜ悪い」に関してもラジオで語っていて、大いに褒めちぎっていた。結構ウマの合う評論家なんだ。喋りも割と面白いし。そして、「地獄でなぜ悪い」の面白さ(すごさ)を伝えるために引き合いに出していた映画が「風立ちぬ」と「桐島、部活やめるってよ」であったことにはさすがに笑った。私自身、ここ最近見た中で最も感動させられた三作だったし、その感動の種類も割と近いところにあるような感じであった。
三作とも、虚構が完全に現実を打ち負かしているんだよ。今さらになってようやく気付いたんだけども、私は虚構が好きなんだ。私はよく謎の力という言葉を使うけれど、それは虚構の力と言い換えてもいいのかもしれない。ここら辺はもっとよく自分でも考えてみる必要がある。

ん? なんで私は新潟にいるんだ?

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